素材や相性を見出し、そして知識・経験・技術をもって相手の求めているものを想像しながら形にしていくものづくりのこだわり
ANAORI:「ANAORI kakugama」の木蓋の製作をお願いしました。
中川:今回、ANAORI kakugamaの木蓋を作らせてもらうことになりました。実は何百個とか何千個とか、そういう数を作ることをうちはあまりしないので、こういう仕事はほんまに初めての仕事です。実はこれ、作ろうと思って作ったわけではなくて、最初ANAORI の西村さんが別のところで試作の蓋を幾つか作っておられて、それがどうしても反るので見てほしいという話から始まりました。
共通の知人がいて、中川さんという詳しい方がいるから相談してみたら?というところから始まりました。作るつもりでそのお話をさせてもろうたわけではないんですけど。最初、試作品を見せてもらった時に、僕からしたら、明らかに反りやすい木を反りやすいような方向でお使いになられていて、これはもう、蒸気に当たったら一瞬で反るよ、という話が出て。ここはこういうふうに変えたほうがいいよ、この木を使った方がいいよ、とアドバイスしました。アドバイスをさせていただくところが最初で、結構ネットにつなぎながら、木の特性であったり、質であったり、向き不向きであったり、説明させてもらうのがスタートです。その時点では実際、うち、量産することがそんなに得意な工房ではないので、相談でおしまいだと思っていました。でも熱心に木のことをお聞きになられて、口説かれて、試作だけでも作ってもらえませんか?という流れになりました。その試作品を作って、それを実際に蒸気に当てて、あるいは急激に乾燥させるみたいなことも実験をされたんですよね。
そういう中で、非常に綿密な数値を出して、数値化して、木が含水率何パーセントのときにはどれくらい伸びるか?のようなやりとりをしました。それがすごく面白かったんです。びっくりしたの蒸気で1時間ぐらい試作品の蓋を蒸して、それをその後すぐに電子レンジで6分ほど乾燥するようなことをされていて。僕らからしたら、もう僕らの商品は、電子レンジなんか絶対使わないでくださいと言うのが常識なので。でも、工業製品として一般で使われるときには、電子レンジを使う可能性もある訳で、そういう風に急激に乾燥させます。その耐久テストを実際に体験させてもらって、ほんでその耐久テストの情報を、まさにネットでリアルタイムで、やりとりしているのが結構楽しかったです。うちのものは結構繊細なので、お客さんも割と繊細に使ってもらうことが多い。僕にとっては、そこまで過酷に扱うのは。。。でもそう言う耐久テストの中で、そう言うやりとりが数字で見えたことがすごく面白くて、そこに興味を持ちました。例えば、木を三枚にはいで一つにするとか、あるいは、はぎ目をどうすれば蒸しても外れないようにするのか、と言うやりとりの中で、話が盛り上がり過ぎて、これ、この経緯を知らない人は作れないよね、というレベルにまで到達しちゃって。うちとしては本来、そんな数を作るのが得意な工房じゃないんですけど、西村さんに最後、口説き落とされて、作ることになりました。
最初は300枚くらいと聞いていたのが、どんどん数が増えて、1000枚、2000枚のレベルになってしまいました。うち、1000個以上同じ物を作ったことは今までにないような中で、逆に新しいチャレンジをさせてもらえたのは、結構うちにとって大きくて、今はある意味感謝もしています。これも一つのコラボレーションやなと。デザイナーとのコラボレーションするのと同じように、こういう技術であったり、そういう工業的な部分とコラボレーションする。その中で伝統的な技術をベースにしながら、それが確信していく瞬間に立ち会えたことが今回、興味を持てたところです。
ANAORI:実際、この木蓋はどのように作られているのですか?
中川:ANAORIさんのデザインが最初に上がってきた頃に、持ち手の部分と、あとこの厚みが特徴的でした。それをいかにうちの技術で完成させていくのか、すごく苦労したところがあります。最初の試作品は、他のメーカーで作った試作品で、NCルーターというコンピューターで動かす機械で、形だけを繰り出していたのです。そうすると時間も結構かかってしまうので、それをいかに組み合わせていくのか検証しました。実は三つの板をはぎ合わせる方向で組み立てています。なぜそうしたかというのも、もう一つの理由があります。これ一枚板で組んでしまうと、どうしても反ってしまったりするので、なるだけ柾目にしたいと。柾目というのは、この板に対して直角に年輪が入るような方向。その時に、むしろ一枚板にでいくよりも三枚を合わせたほうがより効果的であることを考えて。それとこのデザインを生かすのに、凹んだ部分を三枚で、バラバラの状態で凹みを加工して組み立てるような構造を持っています。
最初は桟が入っていましたが、むしろ桟が入ってくることによって、桟だけ蒸気で飛び出してしまうことが起こったので、それをなるべく内側で、見せない形で止めていく方法を模索しました。これ、芯の所に丸い棒が突き抜けるように入っていますが、そういう構造に組み替えたのです。表面的には見えませんが、結構こだわった所があります。ヒノキの木を使っています。非常に香りがいいのと、熱に強いという特徴があります。やっぱり木蓋をそこに挟むことの意味は、料理したものの水分量を調節できるからです。例えば、うちのおひつもそうです。炊きたてのご飯をそのまま釜に入れておくと、水蒸気が鍋の裏とかについて、それがまた食材のほうに落ちてしまうことがありますが、木は蒸気を吸収してくれるので、水蒸気をまた食材に落とさない効果が期待できます。日本の昔のご飯釜でも、羽釜でも、鍋には金属や鉄が使われていますが、大きな木蓋が乗っかっているのはそのためです。結局、蒸気はまた冷めると水滴になりますよね。それが食材に落ちると料理がまずくなったり、あるいは腐りやすくなったりします。その木蓋が蒸気を吸収する効果があるので、そのへんも考えられたところです。
ANAORI:職人とものづくりの中で心掛けていることは何ですか?何を大切にしていますか?
中川:これは木にも通づることですが、素材であったり、相性の良さであったり、それをいかに見出すかということにこだわっています。例えば、デザイナーでも普通のお客さんでも、実はオーダーが来たときに、本当に何が欲しいのかというのをご本人やデザイナーが理解していない時もあって、そこを読み取ることが重要です。
それは、この木がどういう質を持っているのかというのを読み取るのと一緒です。例えば、デザイナーが円筒形のものをデザインされたときに、すっとその筒状の細長い円筒形をデザインします。でも実際、人間の目は、円筒形を見ると目の錯覚で、下が広がっているように見えます。そういうところを、逆に下をすぼめてやる。要するにその下の直径と上の直径が、下を小さくしてやることによって、むしろデザイナーが本当に求めている、すっと真っ直ぐに伸びたような感覚をそこに付加します。だから図面のまんま作るのではなく、それを相手が求めている形に変化させていくことが大事です。
今回の蓋でも、そういうことがあったと思います。相手が、表面には見えない中身がどうなっているのかを想像しながら、作業することにはこだわりを持っていますね。
ANAORI:デザイナーとのコラボや発注物とは別に、ご自身で作るこういう桶においても、使いやすさやデザインに対してどういうこだわりがありますか?
中川:使いやすさは、これはもう基本レベルです。でもその美しいことには今、すごく心掛けてます。なぜかというと、桶は昔は人間の生活を支えるための道具であって、だからこそ、どの家庭にもたくさんあった時代もありました。でも今、無くなってきているところで、桶は人々の生活を支える道具から、人々の心や精神を支える道具に変わってきたと思っています。そうすると、生活を支えてきた時の形と、心や精神を支えていくようになってきた形は、当然変わってきていると思います。そうするとそこに美しさ、人がほっとしたりハッとしたり、その美しさが今、これからの桶に必要です。だからこそ、僕が作るものは凛とした感じであったり、ハッとした感じであったり、その美しいことがすごく重要なものになってきます。
ANAORI:突き詰めると、木を使う上で大切にしていることは、どういうことですか?
中川:木材を扱う上で大切にするのは、やっぱり適材適所ですか。木は自然の素材なので、まっすぐなこともあれば、曲がった所もある。それを無駄なく、かつ、桶に合うように使っていこうと思ったら、まっすぐな所はまっすぐに向いている仕事、曲がった所は曲がったようなものに向いている仕事に使い分けていくことが大事です。それが一見、表面からは見えないので、この木の中がどうなっているのかを想像しながら、物に仕上げていくことが重要になります。
ANAORI:木の魅力とは?
中川:こういうものづくりをしていると、アウトプットが多くて、要するに自分が蓄えた物をアウトプットとして出していって、だんだん自分の中が空っぽになります。でも木の魅力は、自然素材なので、こっちが思わんような形や部位があります。だから普通に物を作りながら、木からインプットを絶えずもらう。だから自分の蓄えた物をアウトプットして、なんぼアウトプットしても、自分の中が空っぽにならないところがあります。そういう所は、木の偉大さであり、優しさであると思います。ANAORI:誰もが木が欲しい、木に囲まれた生活を望んでいると思います。でも安い部材や便利な部材があって、多くの人はそれらを選びます。木を専門に扱っている職人として、木とどうやって付き合ってほしいですか?
中川:例えば昔やったら、昔の町家とか民家の廊下は木張りやったし、柱はむき出しで、多分木に触れないことって、一日の中でなかったと思います。でもそれがマンションの生活になると、柱はもともとが鉄筋やったりすると埋め込まれて、壁紙で覆われて、床は絨毯が貼られているとなると、木に触れる機会が減ってきているのが現状です。でも木に触れたときに、反射として木から戻ってくる感覚がすごくやさしいですよね。
それで同じ室温の中で金属と木があって、金属を触ると冷たいと思うのに、多分表面温度は金属も木も変わらないのに、木に触れた時に冷たいと思わないんです。木は優しい部分があるので、一つでもちょっと気に入った、街角で木製品があったら、置いてもらって、それに触れる体験をしてもらえると、多分心が温かくなるようなことがあると思います。
フォトグラファー:公文健太郎
プロフィール
中川周士中川木工芸/ 日本 1968年京都市生まれ。1992年京都精華大学美術学部立体造形卒業。卒業と同時に中川木工芸にて父・清司氏(人間国宝、重要無形文化財保持者)に師事。2003年より三代目として滋賀県大津市にある中川木工芸比良工房を主宰。 |
1996年:京都美術工芸展 優秀賞受賞
1998年:京都美術工芸展 大賞受賞
2001年から2005年まで、京都造形芸術大学非常勤講師として勤務
2010年:ドンペリニヨン公式シャンパンクーラーを制作
2016年:神代杉KI-OKE STOOLが英国ロンドンV&A美術館の永久コレクションとなる
2017年:神代杉KI-OKE STOOLがパリ装飾美術館の永久コレクションとなる
2017年:ロエベクラフトプライズ ファイナリスト選出
2021年:第1回日本和文化グランプリ グランプリ受賞
2021年:第13回創造する伝統賞 受賞
さその他、国内外での個展、グループ展多数。京都の若手伝統工芸職人集団 GO ON に結成当初から参加。